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下肢静脈瘤ブログ

プロ選手にとって足が重だるさが「少し」の問題ではない理由を考える

身体を動かすことで生活を成り立たせている人はとても多い。そしてスポーツでプロの選手として第一線にい続けることは想像することが一般的には難しい。身近にそういう人が少ないからだ。

サッカーや競輪、バスケットボール、ゴルフなどのスポーツ選手が静脈瘤のクリニックにやってくるときは悩みの質がとても繊細で、足が試合のときにどうなるのかを細かく聞くことになる。足が「重だるい」とひとことで済ますことはほとんどない。文字通り生活がかかっていて、その生活は足の機能が少し落ちることで来年も保証されているわけではないからとても真剣になるのだと思う。転職するかのように他のスポーツに移行すればいいとはならないからだ。

選手であり続けることはとても大変なことだと診察をしながら僕は感じる。いつもぎりぎりのところを走り続けているように思えるが、そこから見える景色は何ものにも変え難いもので、僕には想像すらできない世界が広がっているはずだ。

彼らには「年だから」などという言葉を投げかけることは、すなわちあなたはそろそろ…と引導を渡していることになってしまう。他の人間や医者からは年だからしょうがないと言われているこの下肢静脈瘤という病気は、よけいにそういうことになりかねないのだ。「年だから」で済まされないのである。

だからこそ、彼らは足の違和感に敏感だ。しかし、医療を提供する側としてはそれに十分応える事ができているとは思えない。「血管が少し浮いているけれども、これは特に問題ないでしょう」などと彼らに超音波検査もせずに目視だけで間違っても言うことはできない。

一般人にとっては「少し」なのかもしれないけれどもその「少し」はプロの世界では東海道線と新幹線くらいの違いがある。そしてその「少し」が理解できるのはそれを専門に診ているところでないと判断ができない。骨のレントゲンをとって骨には異常がありませんと言っているようなところでは話にならないからだ。骨に異常がないのなんか分かっているのに、少しでも単価を上げるために余分な検査をするのは涙ぐましい努力なのかもしれないが、患者の涙がそれで少しでも止まるわけではないのだ。

蜘蛛の巣のように細かい血管や、網の目のような血管がふくらはぎや太もも、足首やくるぶしに浮いていたらそれは下肢静脈瘤と診断される。そしてその治療法は硬化療法という注射の治療だ。浮いている悪い血管にそれぞれ注射をして悪い流れを潰していく。この下肢静脈瘤の治療もほとんどの施設ではやられていない。そんなに細い血管に針を入れて注射するのが難しく、やり方によっては色素沈着などの合併症を引き起こしやすいからだ。そして料金も安いため導入する施設も少ないのである。静脈瘤のクリニックですらやっていないところもあるのだ。それだけ面倒が多い治療を僕は何でやっているのかというと、症状がそれで改善することが多いからだ。ついでに見た目も良くなる。

足のだるさや、むくみ、冷え、ジンジンした痛み、張ってくるような痛み、こむら返り、足がつるといった症状はこれらの細かい糸ミミズのような下肢静脈瘤によるものなのかもしれない。これらの症状と下肢静脈瘤が繋がっているなんて想像することすら難しいだろう。僕だって最初の頃は見た目を治す治療なんだろう、クレームも多いしめんどくさいなと思っていた。しかし、この治療をたくさんすることで患者さんたちが、痛みや冷え、違和感などから解放されたと喜んでいるのを見て、どうやらこの治療は見た目をついでに治す治療なのかもしれないと思うようになったのである。それから僕は血管がボコボコ浮いていないけれども、こういった細かい血管が出ている患者さんの訴えを聞いていった。そしてこの治療の経験を積み重ねていくことで治療しにくい症状があることに気がついた。

治療しにくい症状は「しびれ」だった。しびれの程度は半分くらいにはなっても、それが気にならないほどにはならなかったのだ。しびれの原因によって治療効果に影響してくる事がわかった。最も治療しにくいのは背骨に原因がある場合だった。ヘルニアや狭窄症などの背骨から足に向かって出ている神経が挟まれたり炎症を起こしたりしている場合は根本的な治療がなされない限り、治療効果は半分程度にとどまった。それ以外のしびれは改善が見込まれる事が多かったのだ。

これらは論文になることもないだろうし、教科書にも載ることはない。そのエビデンスが可視化できるものではなく、その人の主観的な指標に頼らざるを得ない(最も10段階でスケールすることはできるが、それだけでひとつの治療法であると断言できるほどのエビデンスにはなり得ないと思う)。エビデンスがないのであればそんな治療は意味がないと切って捨てるのは簡単だ。周りは好きなように言うだろう。しかし、この治療に合併症やリスクやクレームが起こりやすかったとしても、その先に「どこにいっても治らなかったのが、本当に楽になった、ありがとう」という言葉を直に患者さんからもらうと、そんな苦労は何処へやら行ってしまう。

プロの選手だって観客からのあたたかい拍手や声援を求めているのだろう。その声が大きいか小さいかの違いはあるだろうけれど、「ありがとう」と言われたくて僕は医者をやって生きているように思う。それがなくなったら生きているのも面倒くさいなとぼやいてしまうかもしれない。白衣というユニフォームを脱ぐのはまだまだ先になるのかもしれない。

深部静脈血栓症とその症状について

「今年の春から足が腫れていたんですが、数週間前からだんだん張ってきた感じが強くなってきたんです。マッサージしたりしていたんですが痛みも全然よくならないので下肢静脈瘤かと思って来ました」と彼は言った。

確かに左のふくらはぎがひとまわり大きく腫れている。少し全体的に赤みを帯びているし、アキレス腱もはっきりしないほどになっている。血管がボコボコと浮いているわけではない。下肢静脈瘤によるむくみとは顔つきが違った。

僕は超音波で膝裏を調べ始めた。下肢静脈瘤もそこには存在したのだが、それ以上に深いところに大きな石のような塊が存在していた。深部の静脈に血栓があった。それはあまりに堂々としていたので、そこに血管があることすら感じさせなかった。完全に血管を閉塞していたからだ。ぜんぜん隙間という隙間がなかった。これでよくふくらはぎは頑張っているなと思った。それはまるで何ヶ月も食事を与えられていないにもかかわらず、重労働を続けさせられているようなかなり切羽詰まった状態だった。

「これはあまりよくない状況です」と僕は言った。「静脈瘤もあるのですが、深部静脈血栓症が原因で静脈瘤のようになっているだけかもしれません。いずれにしても静脈瘤が問題ではなく、深部に血栓があるということが重要です。それもすぐに大きな病院で検査をしてもらう必要があります。息が苦しくなったりすることは今までありませんでしたか」

「その病気の名前は聞いた事があります。テレビで少し言っていました。でもまさか自分がそれになるとは思っていませんでした。息苦しさはありません」

「そうですか、それはよかったです。では受け入れ先を探して電話をしますので少しお待ちください」僕は総合病院の循環器内科に電話をし始めた。コロナによって入院が制限されてしまっているので、なかなか見つからないかと思ったが幸い二件目で受け入れ先が見つかった。いつも紹介している病院で担当の先生が僕のことを覚えてくれていたので話は早かった。「今から来ていただいて大丈夫ですよ」と言ってくれたので、そのまま患者さんに伝えると外来はいつものように静かになった。待ち時間が長くなってしまったことでひとりひとりに事情を説明すると理解してもらえた。静脈瘤で命に関わることはないけれど、静脈瘤だと思って来たら深部静脈血栓症だった場合は緊急性を要する。それがたとえ3ヶ月前から腫れていたとしても、この1週間くらいで症状が強くなっていると聞くと胸にはどのくらい血栓が飛んでいるのだろうと気になってしまう。

少し足を引きずりながら紹介先へ向かう彼の背中を少しの間見つめながら、僕は次の診察を始めた。

「こんにちは、足はどんなことでお悩みですか」

深部静脈血栓症と下肢静脈瘤の微妙な関係

「深部静脈血栓症が心配なんです。最近ふくらはぎがパンパンになってきて、ちょっと痛みもあるんです」と彼女は言った。僕は驚いた、深部静脈血栓症という専門用語をすらすらと彼女が言ったからだ。

「どうして深部静脈血栓症を知っているんですか。身内でどなたかそういう病気にかかった事があるのでしょうか」と訊いた。彼女の足に超音波を当てて、血栓を調べる。

「震災の時や、手術で入院した後なんかに聞いた事があるんです。エコノミークラス症候群というと飛行機でしか起こらないような感じがしますが、これは深部静脈血栓症と同じ意味なんだなって調べたらすぐにわかりました。最近家にいることが増えたので、前より歩かなくなったんです。こんなご時世なので外出するのもちょっと憚られて。テレビを見たり、携帯で動画を見たりしているとあっという間に二時間以上座ったままでほとんど動かないなんてことが増えてきました。前は散歩なんかよくしていたんですけどね。マスクしないで外に出ていいはずなのに、みんなマスクして散歩していると暑くて苦しくなっちゃうんです。だから散歩しなくなっちゃいました」と彼女は超音波の検査画面を見ながら言った。

彼女の足には血栓があった。正確には心部ではないので、致命的なものではなかった。よく見ると膝の近くのふくらはぎの内側に血管が浮いていて、その下の方に赤く腫れているところがあった。ちょっとごめんなさいねと僕は言いながら患部に超音波を当てると中にかたまりを見つけることができた。普通の静脈は押すとゴム管のように簡単に潰れるのだが、血栓のかたまりがあると中が硬くて、押しても静脈は凹まない。痛みを訴えるだけだ。

僕は超音波を太ももの内側の方へと上がっていった。血栓のかたまりは連続している。表からは筋のように赤く腫れているだけに過ぎないが、皮膚の下では血栓が徐々に足の付け根に向かって伸びているのが明らかだった。

「血栓がありますが、これは深部静脈血栓症とは違います。正確にいうと、下肢静脈瘤による血栓性静脈炎です」と僕は説明した。彼女は安心したような表情を一瞬見せたが、その後に困惑したように首を傾げた。僕は説明を続けた。

「静脈はゴムの管のようになっています。その中に逆流防止の弁がついていて、血液はその中を上に心臓へ向かって流れます。これが正常な静脈です。下肢静脈瘤というのはその逆流防止の弁が壊れてしまって、上に上がった血液が下に落ちて溜まってしまう病気なんです」と絵で血液の向きをペンで書きながら説明した。

「血液が下に落ちると川が澱むようにそこに血が溜まります。川も澱んでいるところには落ち葉やごみとかが溜まっていますよね、あれと同じ感じです。血が溜まってくると血糊の様になって段々と固まってくるんです。片栗粉を混ぜたみたいにとろみがついてくるような感じです。そうするとそれが固まって血栓になります。血栓ができると周りに炎症を起こしやすくなるので、赤く腫れたり、痛みを出したりします」と僕は血栓をぐりぐりと大きく書いた。

「これって頭に飛んで、大変なことになりませんか。死んでしまうとか」彼女は心配そうに聞いた。まるで僕の説明はうわの空のようだった。「心臓に穴が開いていたら頭に飛ぶ可能性は少なからずありますが、今まで健康診断なんかで何も言われた事がなければその可能性はとても少ないですよ。だから安心して僕の話を聞いて下さい」とゆっくり話した。

「死ぬことはありません。少なくともあなたの場合はその可能性を心配する必要はありませんよ、だから大丈夫です」と僕は何度も繰り返して言った。彼女の下がった眉は元の位置へと戻っていった。

「あなたの場合は、下肢静脈瘤があるために起こっている血栓で、それが炎症を起こしているだけです。だからこの静脈瘤を治療すれば澱んでいる血管もなくなるので、こういった血栓で痛みを感じることは今後なくなりますよ。治療も切ったり縫ったりするわけでもありません、日帰りです。歯医者さんでやるような局所麻酔で10分くらいで治療が終わるのでそんなに怖がる必要もありません。もしよければ説明しますが、どうしますか」と僕は言った。

「血管抜いたりするわけじゃないんですね。昔、入院してそういう手術をした人が言ってたのを聞いていたので怖くて。かかりつけにはストッキングでも履いておいたらいい、年だからしょうがないとしか言われなかったので治そうとすら思ったことがありませんでした。でも、この血栓の痛みは耐えられないので、この際治療しようと思います。説明をして下さい」と彼女は言った。僕は頷いて、ペンで血管を書き始めた。