COLUMN
「寝るのが怖いんです」と彼女は言った。「いつも夜中に足が痛くなって飛び起きるようになりました。まるで電気が走るように鋭い痛みが足を駆け抜けていくんです。そしてその痛みはやがて鈍い痛みに変わって、なかなかの時間をふくらはぎから太ももにかけてゆっくりと進んでいきます。それが毎晩なんです、先生わかります?毎晩寝不足になっていくんです」
「わかります。優しく起こされるのならばともかく、痛みを使って起こされるのではたまりませんね」と僕は言った。目覚まし時計で起こされるのとは訳が違う。夜中に誰かが足元に立ってぶすりとふくらはぎに針を刺すところを想像した。律儀に毎晩やってきて決まった時間に針を刺して、痛みで飛び上がった顔を見て何も言わずに去って行くことにどのような意味があるのかは分からないけれども、その誰かはこちらの事情にかまうことなく一方的にやってくるのだ、頼みもしていないのに。
「それはいつからですか」と僕は訊いた。
「もう2年になります」と彼女は少し顔を上げた。「最初は月に一度くらいの痛みだったんですが、そのうち少しずつ増えてきました。週に一度くらいまではまあしょうがないかなくらいに思っていたんですが、週に三度、四度と増えてくるとそれはもう恐怖でしかありません。少しずつ睡眠不足にもなってきたんです。一度痛みで目が覚めてしまうとなかなか眠ることができなくなってしまうんです。だってまたいつ痛みに襲われるかと思ってゆっくり眠れるはずないですから。そうして睡眠薬を飲むようになってしまいました。本当は薬なんて飲みたくはないんですけどね。最初のうちは睡眠薬が効いていて起きることはなかったんですが、夢の中でうなされるようになりました。そのうち夢の中でも足が痛くなって叫ぶと目が覚めて、現実でも足が痛いままということが続いています。悪夢がずっと続いている感覚で痛みから逃れることができないんです。悪夢は覚めるから悪夢なんでしょうけど、覚めないのであればそれは現実の延長でしかないんです」
「夢でも痛みから逃れることができないのはとても辛いことですね」と僕は言った。「下肢静脈瘤を早く治しましょう。そうすれば痛みでうなされることも、叩き起こされることも無くなります」
痛みがその人の夢や現実の境界を曖昧にして、恐怖そのものになってしまうと健康なんて二の次になってしまう。健康でありますようにと願うけれども、痛みがある状態で健康であったとしてもそれは幸せだといえるのだろうか。医者は病気を治すために患者と向き合ってはいるけれど、健康であることや痛みに対してどれだけ真剣に考えているのかわからない。薬を出すことだけが医者の仕事のようになっているのであれば、それは健康や痛みからどんどんと遠ざかるだけなんじゃないかと思う。痛みを生じるような病気を飲み薬を飲み続けなくても治すことは、とてもシンプルなことだけれど、それだと困る人たちもたくさんいることも事実だからだ。
でも、目の前に痛みで毎日眠るのが怖いと言っている人がいたら、治そうと僕は思う。効かない薬をいつまでも処方しているのは僕には耐えられない。せめて夢だけでも、いい夢を見てもらいたいし、気持ちよく目覚めてもらいたいから。痛みからの脱却は健康よりも優先されるのではないかと思う。もちろん正論を言われるとそれまでだけれど。
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