院長コラム

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COLUMN

2022.07.28

死と下肢静脈瘤のあいだ

「ふくらはぎに”しこり”ができて、痛くなってきたので不安で来ました」と70代女性の患者さんは言った。

「農業をしていて、しゃがんで作業することが多いんです。昔から血管が浮いているのは分かっていたんですが、近所のかかりつけに行っても歳だからしょうがないし、命に関わるわけじゃないから放っておくしかないと言われたのでそのままにしていたら、最近しこりが大きくなってきて痛くなってきたもんで、こりゃまずいと思って来ました」

僕は超音波でふくらはぎの赤くなっているところを念入りに確認した。皮膚は赤く腫れ上がり、少し触るだけでも痛みが出るようで診察の間は幾分か辛そうな表情が浮かんだ。静脈には血栓ができており、周囲の皮膚は炎症によって腫脹していた。血栓性静脈炎だ。

「足に血栓ができてますね。足の血管の膨らみが原因で血の流れがよどむようになったところに血栓ができて炎症を起こして腫れて痛くなっているようです」と僕は言った。「早めの治療がいいかもしれません」

「こういう痛みを何度も繰り返すのはもう嫌なので、早めに治してもらえませんか?今まではこうなった時は大人しくしていたんです。かかりつけに行くと痛み止めと湿布を出されて大人しくしているように言われるだけでした。でもそうすると畑に出れなくなるので、草むしりとかできなくて困るんです。お父さんの世話もしないとならないし」と彼女は言った。

血栓性静脈炎は確かによく繰り返す。そしてその原因が下肢静脈瘤にあることが多い。しかし、下肢静脈瘤を治せばそれらの問題が解決することを教えてくれる人はとても少ない。

静脈瘤が直接の原因だと思う人はほとんどいない。しかし、それを知ってもらうこともとても大事なことで、泣く泣く薬を飲んで湿布を貼ったりしてやり過ごしている患者さんがどれだけ多くいるだろうと思うととても複雑な気持ちになった。それはまるで目の前に倒れている人がいても何もできないでおろおろとしてしまうかのようだった。

下肢静脈瘤で命を落とすことはないけれど、痛みで生活や仕事に支障が出る人は多くいる。しかし、歳だからしょうがないと片付けられてしまうのは患者さんにとっては「諦めろ」と言われているにひとしい。

治療を終えた患者さんがよく言う、「私の周りにも同じように足の悩みを抱えている人がたくさんいます。でもみんなこういう病院やクリニックがあることを知らないし、あっても周りに行ったことがある人がいないから怖くて行けないんです。これならもっと早く来ればよかった。こんなに簡単に治療できるとは思ってなかった。血管を引き抜いて入院する痛い治療だと思っていました。だから私が治療すると周りに言うとどうだったか教えてくれと言われているんです。みんな驚くと思います」

こういう生の声が口コミとなっているのだろう。たかが静脈瘤だけれど、本人にとってはとても不快な病気なのが静脈瘤で、真剣に治したいと思う患者さんもたくさんおられることを診察をしている目の前の患者さんを通して実感する日々だ。

行ったことのないクリニックはどうも怖くてとか、こんな程度で行っていいのかと言われることも多いので当院では無料の静脈瘤チェックを行なっている。誰しも専門的なところに気軽に入ろうとは思わない。

しかし、少しの勇気を出すだけで、今まで何十年と悩んでいたことから十分程度の治療で解放されるとしたらどうだろう?今まで言われてきた「歳だからしょうがない、命に関わらないからこのままでいい、ストッキングでも履いておくしかない」といった言葉たちのいいなりになるのではなく、痛みや重さ、だるさから解放された自分自身の足で軽快に歩く姿を想像してもらいたい。歩かなくなることは肥満や浮腫に直結し、あらゆる病の呼び水となるからだ。死がとても身近に近づいてくる。座っている時間が長ければ長いほど、遠くに座っていた死が少しずつ座席を詰めてくるのだ。誰かの不幸や訃報を流し続けているテレビをずっと見て座っていることほど恐ろしいことはないのではないかと思う。

静脈瘤の足を日々診察して、患者さんとお話をしていると足がどんなに大切かを思い知らされる。そして自分の足を大事にしてあげようと気付かされる。

あなたの足は元気にしているだろうか。

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