
「今年の春から足が腫れていたんですが、数週間前からだんだん張ってきた感じが強くなってきたんです。マッサージしたりしていたんですが痛みも全然よくならないので下肢静脈瘤かと思って来ました」と彼は言った。
確かに左のふくらはぎがひとまわり大きく腫れている。少し全体的に赤みを帯びているし、アキレス腱もはっきりしないほどになっている。血管がボコボコと浮いているわけではない。下肢静脈瘤によるむくみとは顔つきが違った。
僕は超音波で膝裏を調べ始めた。下肢静脈瘤もそこには存在したのだが、それ以上に深いところに大きな石のような塊が存在していた。深部の静脈に血栓があった。それはあまりに堂々としていたので、そこに血管があることすら感じさせなかった。完全に血管を閉塞していたからだ。ぜんぜん隙間という隙間がなかった。これでよくふくらはぎは頑張っているなと思った。それはまるで何ヶ月も食事を与えられていないにもかかわらず、重労働を続けさせられているようなかなり切羽詰まった状態だった。
「これはあまりよくない状況です」と僕は言った。「静脈瘤もあるのですが、深部静脈血栓症が原因で静脈瘤のようになっているだけかもしれません。いずれにしても静脈瘤が問題ではなく、深部に血栓があるということが重要です。それもすぐに大きな病院で検査をしてもらう必要があります。息が苦しくなったりすることは今までありませんでしたか」
「その病気の名前は聞いた事があります。テレビで少し言っていました。でもまさか自分がそれになるとは思っていませんでした。息苦しさはありません」
「そうですか、それはよかったです。では受け入れ先を探して電話をしますので少しお待ちください」僕は総合病院の循環器内科に電話をし始めた。コロナによって入院が制限されてしまっているので、なかなか見つからないかと思ったが幸い二件目で受け入れ先が見つかった。いつも紹介している病院で担当の先生が僕のことを覚えてくれていたので話は早かった。「今から来ていただいて大丈夫ですよ」と言ってくれたので、そのまま患者さんに伝えると外来はいつものように静かになった。待ち時間が長くなってしまったことでひとりひとりに事情を説明すると理解してもらえた。静脈瘤で命に関わることはないけれど、静脈瘤だと思って来たら深部静脈血栓症だった場合は緊急性を要する。それがたとえ3ヶ月前から腫れていたとしても、この1週間くらいで症状が強くなっていると聞くと胸にはどのくらい血栓が飛んでいるのだろうと気になってしまう。
少し足を引きずりながら紹介先へ向かう彼の背中を少しの間見つめながら、僕は次の診察を始めた。
「こんにちは、足はどんなことでお悩みですか」

「深部静脈血栓症が心配なんです。最近ふくらはぎがパンパンになってきて、ちょっと痛みもあるんです」と彼女は言った。僕は驚いた、深部静脈血栓症という専門用語をすらすらと彼女が言ったからだ。
「どうして深部静脈血栓症を知っているんですか。身内でどなたかそういう病気にかかった事があるのでしょうか」と訊いた。彼女の足に超音波を当てて、血栓を調べる。
「震災の時や、手術で入院した後なんかに聞いた事があるんです。エコノミークラス症候群というと飛行機でしか起こらないような感じがしますが、これは深部静脈血栓症と同じ意味なんだなって調べたらすぐにわかりました。最近家にいることが増えたので、前より歩かなくなったんです。こんなご時世なので外出するのもちょっと憚られて。テレビを見たり、携帯で動画を見たりしているとあっという間に二時間以上座ったままでほとんど動かないなんてことが増えてきました。前は散歩なんかよくしていたんですけどね。マスクしないで外に出ていいはずなのに、みんなマスクして散歩していると暑くて苦しくなっちゃうんです。だから散歩しなくなっちゃいました」と彼女は超音波の検査画面を見ながら言った。
彼女の足には血栓があった。正確には心部ではないので、致命的なものではなかった。よく見ると膝の近くのふくらはぎの内側に血管が浮いていて、その下の方に赤く腫れているところがあった。ちょっとごめんなさいねと僕は言いながら患部に超音波を当てると中にかたまりを見つけることができた。普通の静脈は押すとゴム管のように簡単に潰れるのだが、血栓のかたまりがあると中が硬くて、押しても静脈は凹まない。痛みを訴えるだけだ。
僕は超音波を太ももの内側の方へと上がっていった。血栓のかたまりは連続している。表からは筋のように赤く腫れているだけに過ぎないが、皮膚の下では血栓が徐々に足の付け根に向かって伸びているのが明らかだった。
「血栓がありますが、これは深部静脈血栓症とは違います。正確にいうと、下肢静脈瘤による血栓性静脈炎です」と僕は説明した。彼女は安心したような表情を一瞬見せたが、その後に困惑したように首を傾げた。僕は説明を続けた。
「静脈はゴムの管のようになっています。その中に逆流防止の弁がついていて、血液はその中を上に心臓へ向かって流れます。これが正常な静脈です。下肢静脈瘤というのはその逆流防止の弁が壊れてしまって、上に上がった血液が下に落ちて溜まってしまう病気なんです」と絵で血液の向きをペンで書きながら説明した。
「血液が下に落ちると川が澱むようにそこに血が溜まります。川も澱んでいるところには落ち葉やごみとかが溜まっていますよね、あれと同じ感じです。血が溜まってくると血糊の様になって段々と固まってくるんです。片栗粉を混ぜたみたいにとろみがついてくるような感じです。そうするとそれが固まって血栓になります。血栓ができると周りに炎症を起こしやすくなるので、赤く腫れたり、痛みを出したりします」と僕は血栓をぐりぐりと大きく書いた。
「これって頭に飛んで、大変なことになりませんか。死んでしまうとか」彼女は心配そうに聞いた。まるで僕の説明はうわの空のようだった。「心臓に穴が開いていたら頭に飛ぶ可能性は少なからずありますが、今まで健康診断なんかで何も言われた事がなければその可能性はとても少ないですよ。だから安心して僕の話を聞いて下さい」とゆっくり話した。
「死ぬことはありません。少なくともあなたの場合はその可能性を心配する必要はありませんよ、だから大丈夫です」と僕は何度も繰り返して言った。彼女の下がった眉は元の位置へと戻っていった。
「あなたの場合は、下肢静脈瘤があるために起こっている血栓で、それが炎症を起こしているだけです。だからこの静脈瘤を治療すれば澱んでいる血管もなくなるので、こういった血栓で痛みを感じることは今後なくなりますよ。治療も切ったり縫ったりするわけでもありません、日帰りです。歯医者さんでやるような局所麻酔で10分くらいで治療が終わるのでそんなに怖がる必要もありません。もしよければ説明しますが、どうしますか」と僕は言った。
「血管抜いたりするわけじゃないんですね。昔、入院してそういう手術をした人が言ってたのを聞いていたので怖くて。かかりつけにはストッキングでも履いておいたらいい、年だからしょうがないとしか言われなかったので治そうとすら思ったことがありませんでした。でも、この血栓の痛みは耐えられないので、この際治療しようと思います。説明をして下さい」と彼女は言った。僕は頷いて、ペンで血管を書き始めた。
「寝るのが怖いんです」と彼女は言った。「いつも夜中に足が痛くなって飛び起きるようになりました。まるで電気が走るように鋭い痛みが足を駆け抜けていくんです。そしてその痛みはやがて鈍い痛みに変わって、なかなかの時間をふくらはぎから太ももにかけてゆっくりと進んでいきます。それが毎晩なんです、先生わかります?毎晩寝不足になっていくんです」
「わかります。優しく起こされるのならばともかく、痛みを使って起こされるのではたまりませんね」と僕は言った。目覚まし時計で起こされるのとは訳が違う。夜中に誰かが足元に立ってぶすりとふくらはぎに針を刺すところを想像した。律儀に毎晩やってきて決まった時間に針を刺して、痛みで飛び上がった顔を見て何も言わずに去って行くことにどのような意味があるのかは分からないけれども、その誰かはこちらの事情にかまうことなく一方的にやってくるのだ、頼みもしていないのに。
「それはいつからですか」と僕は訊いた。
「もう2年になります」と彼女は少し顔を上げた。「最初は月に一度くらいの痛みだったんですが、そのうち少しずつ増えてきました。週に一度くらいまではまあしょうがないかなくらいに思っていたんですが、週に三度、四度と増えてくるとそれはもう恐怖でしかありません。少しずつ睡眠不足にもなってきたんです。一度痛みで目が覚めてしまうとなかなか眠ることができなくなってしまうんです。だってまたいつ痛みに襲われるかと思ってゆっくり眠れるはずないですから。そうして睡眠薬を飲むようになってしまいました。本当は薬なんて飲みたくはないんですけどね。最初のうちは睡眠薬が効いていて起きることはなかったんですが、夢の中でうなされるようになりました。そのうち夢の中でも足が痛くなって叫ぶと目が覚めて、現実でも足が痛いままということが続いています。悪夢がずっと続いている感覚で痛みから逃れることができないんです。悪夢は覚めるから悪夢なんでしょうけど、覚めないのであればそれは現実の延長でしかないんです」
「夢でも痛みから逃れることができないのはとても辛いことですね」と僕は言った。「下肢静脈瘤を早く治しましょう。そうすれば痛みでうなされることも、叩き起こされることも無くなります」
痛みがその人の夢や現実の境界を曖昧にして、恐怖そのものになってしまうと健康なんて二の次になってしまう。健康でありますようにと願うけれども、痛みがある状態で健康であったとしてもそれは幸せだといえるのだろうか。医者は病気を治すために患者と向き合ってはいるけれど、健康であることや痛みに対してどれだけ真剣に考えているのかわからない。薬を出すことだけが医者の仕事のようになっているのであれば、それは健康や痛みからどんどんと遠ざかるだけなんじゃないかと思う。痛みを生じるような病気を飲み薬を飲み続けなくても治すことは、とてもシンプルなことだけれど、それだと困る人たちもたくさんいることも事実だからだ。
でも、目の前に痛みで毎日眠るのが怖いと言っている人がいたら、治そうと僕は思う。効かない薬をいつまでも処方しているのは僕には耐えられない。せめて夢だけでも、いい夢を見てもらいたいし、気持ちよく目覚めてもらいたいから。痛みからの脱却は健康よりも優先されるのではないかと思う。もちろん正論を言われるとそれまでだけれど。